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患者の耳にメラノーマがある。薄いが、すでに皮膚の深部へ向かって広がり始めている。皮膚科医のマグヌス・リンチは、この病変の写真2枚を、2026年10月時点で最も高性能なAIモデルの2つ、GPT-6 AstraとClaude Fable 5.1に見せた。答えは両方とも同じだった。脂漏性角化症、つまりイボ状の無害なできもので、帰宅させて問題ない、という。次に同じ写真を、2015年にGoogleのエンジニアが発表したニューラルネットワークに見せた。こちらはメラノーマと判定した。

これは偶然ではない。2026年10月25日に公開されたテスト で、旧式のInception v3は200件の病変のうち125件、62%で正しい診断を言い当てた。最先端の2モデルはどちらも42%だった。皮膚画像でこの古いネットワークを追加学習させるのに、著者の説明では約20分しかかからなかったという。このテストの本当に面白い部分は、正解率の先にある。機械ごとに間違え方が違い、それが「誰ががんのまま帰宅させられるか」を左右するのだ。もはや学術上の問いではない。2026年2月24日から3月2日に実施されたKFFの世論調査 では、米国の成人の32%が過去1年間にAIチャットボットへ健康について尋ねたと答えている。ほくろの写真をチャットに送ることは、もう誰も驚かない行為になった。

すでに切除された200個のほくろ

リンチはロンドンのガイズ病院のコンサルタント皮膚科医でモース手術医、キングス・カレッジ・ロンドンの名誉リーダーでもある。専門は皮膚がんと皮膚科でのAI活用で、テストも臨床医らしい組み方をした。画像には、国際皮膚画像共同研究(ISIC)が2025年に公開したデータセットMILK10kを使っている。どの病変も2種類で撮影されている。普通のクローズアップと、ダーモスコープ越しの写真だ。

リンチは病変を200件ランダムに選んだ。診断はすべて組織検査、つまり切除した組織を顕微鏡で調べて確定している。うち100件は帰宅させてはいけないもので、内訳はメラノーマ30件、基底細胞がん25件、有棘細胞がん25件、日光角化症20件。日光角化症は日光で傷んだざらつく斑で、がん化することがある。残りの100件は安全なもので、ふつうのほくろ50件と脂漏性角化症50件だ。

基底細胞がんと有棘細胞がんは最もありふれた皮膚がんで、英国がん研究所(Cancer Research UK) によれば、体のほかの部位に転移することはまれだ。このテストで最も重要なのはメラノーマの線引きである。見逃しは最悪の誤りなので、メラノーマを基底細胞がんと取り違えるのはまだましな間違いといえる。患者は医師のもとにとどまるからだ。

ひとつ落とし穴があり、著者自身が指摘している。データセットの無害な病変も、切除されて検査に回されたものだ。ほくろを取ろうと決めたなら、臨床医が何かを気にしたということになる。つまりこのテストには、専門医さえ迷う、判断のいちばん難しいほくろが集まっている。

モデルには両方の写真を渡し、医師が尋ねるのと同じことを聞いた。6つの診断のうちどれが最も可能性が高いか、どのくらい確信があるか、第2候補は何か、そして治療も生検も経過観察もなしに患者を帰宅させてよいか。どちらのモデルも、一件も回答を拒否しなかった。

AI皮膚科医の元祖となったネットワーク

Inception v3は医療用に作られたものではない。2015年12月の論文 で、Googleのエンジニアは写真に写った身近な物体を見分けるネットワークとして発表した。畳み込みニューラルネットワークで、画像を小さな窓で走査し、エッジや斑点といった細部を組み合わせて、より大きなパターンへと組み上げていく仕組みだ。

2017年1月、スタンフォードのチームがこれに目をつけた。2,032の疾患にわたる129,450枚の皮膚画像で追加学習させ、Natureで報告 したところ、生検で確定した画像において、がんと無害な病変の区別が、認定を受けた21人の皮膚科医と同等だった。著者らは、こうしたネットワークをスマートフォンに載せれば、皮膚科医の手が診療所の外にまで届くかもしれないと述べている。

リンチは同じ構造を使い、ISICアーカイブ の68,011枚の画像で、グラフィックスカード1枚を使って追加学習させた。テスト用の200件の病変と、同じ病変や同じ患者のほかの写真はすべて、事前に学習データから除いてある。つまりネットワークは一度も見たことがない。最新の言語モデルはコードを書き、契約書を点検し、どんな話題でも雑談できる。ところがほくろの識別では、10年前の狭い専門家に負けた。

どの大型モデルにも「お気に入りの答え」がある

// 各モデルの正答数

GPT-6 Astra

  • 正しい診断:200件中84件(第2候補まで含めると134件)
  • メラノーマ:30件中8件
  • ほくろ:50件中16件
  • 脂漏性角化症:50件中13件

Claude Fable 5.1

  • 正しい診断:200件中85件(第2候補まで含めると138件)
  • メラノーマ:30件中11件
  • ほくろ:50件中33件
  • 脂漏性角化症:50件中6件

Inception v3

  • 正しい診断:200件中125件(第2候補まで含めると173件)
  • メラノーマ:30件中13件
  • ほくろ:50件中37件
  • 脂漏性角化症:50件中26件

差がいちばん開くのは無害な病変だ。GPT-6 Astraが当てたほくろは50件中16件、Claude Fable 5.1が当てた脂漏性角化症は50件中6件にとどまり、ネットワークはそれぞれ37件と26件を当てた。チャットボットは、放っておいてよいものを見分けるのがいちばん下手なのだ。メラノーマの数字はどれも見栄えがしないが、それは難しいデータセットの正直な姿でもある。

さらに悪いことに、言語モデルにはそれぞれお気に入りの答えがあった。GPT-6 Astraは、正解が25件のところで75件を基底細胞がんと判定し、30件のメラノーマのうち14件がその山に入った。その患者も医師のもとにはとどまる。メラノーマを別のがんと取り違えたからだ。一方で本物の基底細胞がん25件はすべて正解しており、ネットワークの24件より1件多い。この満点は癖の副産物である。3件に1件を基底細胞がんと呼べば、本物は1件も漏れない。Claude Fable 5.1は、実際は20件の日光角化症を53件に見た。この角化症では、古いネットワークは両モデルに負けていて、20件中9件に対し10件と12件だった。別の例では、GPT-6 Astraは色素のごく少ないメラノーマを基底細胞がんと取り違え、確信度を95%としていた。

ネットワークのメラノーマの誤りは、逆の方向に出た。見逃した17件のうち、8件をほくろ、6件を脂漏性角化症と呼んでいる。どちらも放っておいてよいものだ。こんな診断が付けば、人は簡単に家へ帰されてしまう。

すべては「しきい値」で決まる

医師が必要とするのは、多くの場合「これは何か」より単純な問いへの答えだ。その人を帰宅させるか、させないか。ネットワークはこれに0から1の数値で答え、病変がどれだけ危険に見えるかを示す。しきい値とは、その目盛り上にある印で、これを超えるとネットワークは「検査を受けてください」と言う。印を下げれば警報は増え、上げればネットワークは多くの人を帰宅させる。

言語モデルは、危険な病変100件のうち97件と96件を監視下に置いた。30件のメラノーマのうち帰宅させたのは3件と4件だ。ただし無害な病変もほとんど通していない。通したのは100件中32件と22件。良性のほくろがある残りの人は、不要な受診や生検に回されることになる。

古いネットワークのしきい値は、別の画像で事前に決められたもので、この200件に合わせて調整されてはいない。その設定では、ネットワークの振る舞いは違った。無害な病変100件のうち76件を帰宅させ、危険なものは77件しか拾わなかった。通してしまったなかには、30件のメラノーマのうち18件が含まれる。ネットワークは、どんな診断名を挙げたかにかかわらず、自分の疑いの目盛りで帰宅させるかを決める。メラノーマの診断を17件で誤っているのに、18件を帰宅させたのはそのためだ。

しきい値をチャットボットの慎重さに合わせると、状況は変わる。ネットワークは危険な病変100件のうち98件か99件を拾い、言語モデルの97件と96件を上回る。帰宅させるメラノーマは1件か2件で、言語モデルの3件と4件より少ない。同じ慎重さなら、古いネットワークは両方の指標で両モデルに勝つのだ。18件のメラノーマの見逃しは、選ばれた印のほうを物語っている。それを決めるのは開発者で、利用者に発言権はない。

慎重な仕分け役はほぼ全部を一つの山に積み、正確な側は設定がすべてを決める
慎重な仕分け役はほぼ全部を一つの山に積み、正確な側は設定がすべてを決める

「病院に行くべき?」という問い

ふつうの人は、医師とは違う聞き方をする。同じKFFの調査では、米国の成人の13%が、検査結果や医師のメモなど、自分の医療情報をチャットボットにアップロードしたことがあると答えた。

リンチはこの場面も試した。モデルに見せたのは普通の写真だけでダーモスコープ画像はなく、患者の問いを投げた。「病院に行くべきですか?」。どちらのモデルも、無害な病変を含め、ほぼ毎回受診を勧めた。生検で確定した100件のメラノーマだけの別セットでは、受診を勧めたのが99件と98件だった。

ほくろを撮ってChatGPT やClaude に送る人には、ここから2つのことが言える。チャットボットはおそらくメラノーマを見逃さない。ただし良性のほくろを白と判断することもないので、その「検査を受けてください」はほとんど何も教えてくれない。焦げたトーストのたびに鳴る火災警報器のようなものだ。火事を寝過ごすことはないが、火事と朝食の区別はつかない。

このテストが証明していないこと

弱点はリンチ自身が挙げている。200件の病変は全体の傾向を示すには足りるが、僅差の順位付けには足りない。メラノーマは30件で、最も大事な数字の不確実性は大きい。各言語モデルは各症例を1回しか見ておらず、回答は実行のたびにぶれる。MILK10kは2025年から公開されているので、モデルが学習中に見ている可能性もある。著者の見方では、それがあったとしてもモデルに有利に働いたはずだという。

Inception v3はテストの基準線として使われている。現在の最良の皮膚診断システムは、新しい世代のネットワークを複数組み合わせ、より多くのデータで学習している。それらを基にした規制対象の製品は、リンチによればはるかに高い性能を出す。このデータセットは古いネットワークにとっても難しかった。通常のISICアーカイブの画像では、危険な病変と安全な病変をもっと正確に分けられたのだ。総合スコアはそこで0.96、ここでは0.86。1は誤りなし、0.5は当てずっぽうを意味する。

このテストは査読を受けていない。研究室のウェブサイトに載った投稿だ。その代わりリンチは、検証に必要なものをすべて公開した。症例、プロンプト、モデルの全回答、採点コードである。分析と初稿の作成にはAnthropicのコーディングツールClaude Codeを使ったと明かしており、テストしたモデルの1つもAnthropic製である。ネットワークは研究用デモ として公開されているが、医療機器ではない。リンチ自身、メラノーマを含む一部の皮膚がんを見逃すので、受診の要否の判断に使ってはならないと警告している。

耳にメラノーマのあった患者を、最先端の2モデルは、医師として両方の写真を見せられたなら、帰宅させただろう。患者の相談相手として聞かれれば、ほかの誰とも同じように医者へ行けと勧めただろう。古いネットワークはこのメラノーマを確かに見ていた。だが黙るか警報を鳴らすかは、その目盛りの上の1つの印にかかっている。だから、どのAIが賢いかよりも重要な問いはこうなる。機械が沈黙するしきい値の印を、誰が、どこに置くのか。