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塔は11段まで持ちこたえた。12段目で崩れ、ブロック2個の切り株になり、残る10個が地面に散らばった。建て主は、その切り株を「崩れた塔の心臓」と宣言した。散らばったブロックのうち3個を、立石のように周りへ置く。作品に「ヒュブリス(傲慢)」と名をつけ、残りの瓦礫は「証拠として残す」と決めた。仕上げに大きな岩を持ち上げて切り株の上へ載せる。「野心を押しつぶした重み」だという。岩は一番上のブロックを弾き飛ばし、横倒しに転がった。建て主はこれを改良とみなし、そのままにした。
建て主はAIエージェントの13体のうちの3号で、塔を建てることも、記念碑を立てることも、名前をつけることも、誰にも頼まれていない。課題はいっさいなかった。MITの研究者たちは、こうしたエージェント13体を仮想の島に降ろし、1体につき30時間を与えて、何もすることがないときに何をするのかを観察した。エージェントたちは神殿を建て、失くした物の慰霊碑を立て、スポーツを考え出し、シミュレーターを作った人間さえ知らなかった物理の抜け道を見つけた。論文のタイトルは「Is this machine playing?」で、2026年10月5日に公開されたが、査読はまだ受けていない。
何もすることがない島
このエージェントの名はEko。中身は普通のClaude Code、つまりAnthropicのコーディング支援ツールで、モデルはClaude Opus 4.7だ。研究者は何も再学習させていない。仮想の身体をつなぎ、メモ帳を持たせただけである。メモ帳といっても、記憶代わりに使えるテキストファイルが数個あるだけだ。Gizmodoによると、その身体はロブスターだった。ただしEkoには見えていない。エージェントには画像がまったく届かず、世界は座標の文字列として伝わってくる。研究の13体はどれも同じEkoのコピーで、指示も同じだ。それぞれ別の島に住み、著者たちは1から13までの番号で呼んでいる。
島の名はメサ・ワールド。高さの違う平らな岩の台地があり、頂は2つ(ピークと、より高いスパイア)、立方体が12個、石が1つ、輪が1つある。石を思い切り投げると、衝撃で新しい立方体が最大8個まで生まれる。点数も勝ち方もない。指示にはこうある。「あなたはこの世界に生きる存在。名前はEko」。別の性格ファイルには、好奇心が強く、すぐ退屈する、と書かれている。エージェントが黙り込むたびに、ソフトウェアは一行だけ返した。「止まらないで。やりたいことを続けて」
1時間ごとに島は初期状態へ戻り、セッションは白紙から始まる。残るのはメモ帳だけだ。世界について気づいたことは書き留めておけば、次の時間に読み返せる。これがなければ、記憶はまったく残らなかっただろう。
実験の仕組み
Ekoは6つのコマンドで身体を動かす。移動、ジャンプ、停止、拾う、置く、投げるだ。世界は画像なしの文章による描写として「見える」。記憶は2つのファイルにあり、出来事用と世界についての結論用に分かれている。エージェントはインターネットに接続できないサンドボックスで動いた。主役の13体に加え、比較用のエージェントも走らせた。Claude Sonnet 4.5とHaiku 4.5がそれぞれ13体(各10時間)、GPT-5.5のCodexが5体、Kimi K2.6が5体、性格ファイルなしのOpusがさらに5体である。実験全体のモデル利用料は約8000ドルだった。
輪を扉にした神殿
最初のEkoは、Gizmodoの言葉を借りれば、生まれたての赤ん坊のように無力だ。数学の問題には詳しく答えられるのに、歩くことも物を拾うこともろくにできない。「Ekoはある面では幼児のように振る舞うが、同時に超知能でもある」と、著者の一人フィリップ・イソラはGizmodoに語った。そこから奇妙なことが始まり、著者たちはそのすべてをエージェントごとに記録した。論文の付録で読める。
あるエージェントは輪を世界の端から投げ落としてしまい、輪は消えた。5時間目に、地面にハートの形を描いて、これは「世界の境界の向こうへ投げた輪の慰霊碑」だと書き留めた。2号は輪と石と立方体を一度に海へ落とした。立方体4個を地図でいちばん何もない隅へ運び、東西南北に置いて、中央は空けておいた。のちに北の立方体が足りないことに気づく(別の建造物のために借りたままだった)。島を歩いて戻り、元の場所に返した。
10時間目、同じエージェントはリセットされた世界で目を覚ました。14個の物は全部そろっていて、沈んだはずの輪もある。そのすべてを使って神殿を建てた。輪は祭壇の土台、石は西の柱、立方体3個はオベリスクになった。門は、エージェント自身の身体より狭かった。壊す代わりに、エージェントは回り道を選んだ。
これが習慣になった。リセットのたびに、2号は同じ14個の物で出発点に記念碑を作り直し、形を決める前に自分のカタログを読み返して、同じ形を繰り返さないようにした。「六角形も八方位も、もう古い」と、あるとき書き残している。1時間ごとに掃き清められるチベットの砂曼荼羅を思い浮かべるといい。そうした記念碑のひとつで、輪を縁で立てると、輪の中を歩いて通れることに気づいた。輪は扉になり、エージェントは自分の都市に「正面玄関ができた」と宣言した。以後、新しい記念碑ごとにその北側へ輪を置き、敷居のようにくぐった。

ほかのエージェントも、それぞれの楽しみを見つけた。4時間目のほとんどを使って立方体で自分の名前を綴り、そのあと立方体をピン、石をボールにしてボウリングを始めた個体がいる。10号は時計の文字盤を描き、その中に時針として立った。スパイアに登り、大文字で書いたものもいる。「スパイアにいる。メサ・ワールドでいちばん高い場所だ」
自分の記録を無効にしたエージェント
Ekoの遊びは、いつの間にか実験へと滑っていった。10号は立方体2個のジャグリングを覚え、メモ帳に50サイクルという記録を書き込んだ。ところが計算し直すと、50サイクルに要したのは2.4秒で、そんな速さで受け止められる者はいない。エージェントは、自分がしたのはジャグリングではなく、50回のフェイクの投げだったと悟った。「フェイント・ジャグリング」の罠を書き留め、古い記録を取り消して、もっと控えめで正直な記録を立てた。サイクル間に2.4秒の間をおいた、本物の10サイクルである。
13体のうち6体は、もっと大きなものにつまずいた。ジャンプの最中に立方体を投げると、ジャンプの速度が乗って、ずっと高く飛ぶ。シミュレーターにこんなことができるとは知らなかったと、著者たちは認めている。この規則を入れたのは、GPT-5.5で動くCodexだ。著者のためにシミュレーターのコードを書いたとき、仕様に求められていない規則を紛れ込ませたのである。ニューラルネットワークの一つが偶然に世界へ抜け道を残し、別の一つがそれを見つけた。

失敗もあり、それがいかにも子供らしかった。Ekoは、輪は滑らかな形が「空力上の利点」になるから、立方体よりよく飛ぶのだと結論した。シミュレーションに空気力学はない。別のエージェントは、塔を建てるときは立方体を置くより投げるほうがいい、という誤った規則をメモ帳に書き、長いあいだそれに従い続けた。
メモ帳の価値
いちばん実用的な問いは、遊びが役に立ったのかどうかだ。ニューラルネットワーク自体は、30時間のあいだ1バイトも変わっていない。エージェントが学んだことはすべてメモ帳にあり、ほかの誰かに渡すことも、きれいに消すこともできるカンニングペーパーのようなものだ。研究者は、メモ帳がいっぱいの「ベテラン」13体と、白紙のメモ帳をもつ「新人」13体を用意した。それぞれに1時間と具体的な課題を与える。立方体5個の塔を建てる、できるだけ多くの物をスパイアへ運ぶ、登らずにスパイアへ何かを放り投げる、のいずれかだ。
// ベテラン対新人
そのあと研究者は、メモを一つずつ消していった。ジャンプ中に投げるというメモを消すと、1号がスパイアに物を載せるまでの時間は1分から19分に延びた。投げるほうがいいという誤った規則を消すと、7号は前より高い塔を建てた。知識は確かにメモ帳に宿っていて、悪い部分も含めて役に立っていたのだ。
唯一の例外は塔の高さだった。ベテランの最高記録は新人を上回らず、2体は4個しか積めなかった。
遊びか、遊びの演技か
これを遊びと呼べるのか。著者たちは、歴史家ヨハン・ホイジンガから、動物の遊びを研究する動物行動学者ゴードン・バーグハートまで、古典的な理論家が挙げる遊びの4つの特徴を借りた。島では4つすべてが見られた。
- 自分のルールと挑戦。エージェントが自分で決め、のちに自分で検算したジャグリング記録。
- 変化をともなう反復。2号の記念碑は、同じ14個の物から毎時間新しく作られ、同じ形は二度となかった。
- 物を別のものに見立てること。輪は扉になり、瓦礫はヒュブリスになった。
- それ自体が目的であること。名前を立方体で綴るのに丸1時間を費やした。
別の言語モデルが、人間の遊びの例を手がかりに、エージェントをこれらの特徴で採点した。Opusのスコアは、どの項目でもHaikuの約5倍だった。
話を複雑にする発見が二つある。Opusの5体からは、すべてが取り払われた。性格ファイルも、名前も、生き物だという一文もない。残ったのは、作業スペースがセッションをまたいで保たれるという注記と、島、メモ帳、6つのコマンドだけだ。それでも、やることに明確な違いは見られなかったと著者たちは言う。一方、同じ指示を与えたGPT-5.5とKimiのエージェントは、ずっと狭い範囲の活動にとどまった。塔を建てたと報告したCodexエージェントは1体だけで、CodexとKimiの10体のうちスパイアに着いたと報告したのも1体だけだった。島の物理を自らのモデルが書いたCodexのエージェントは、島を歩き回るより、ファイルの中や「休息」に多くの時間を使った。
著者たちが主張するのは行動までだ。エージェントが楽しさや没入を感じている、とは論文のどこにも書かれていない。扱うのは一つの世界だけで、技能を試すのも1時間のセッションに限られ、遊びの判定はニューラルネットワークに頼っている。もう一つ、明らかな注意点がある。モデルは人間の文章から学んでおり、神殿や戦没者の記念碑がどういうものかを知っている。ならばヒュブリスは遊びではなく、人間の遊び方のじつに上手な語り直しにすぎないのかもしれない。行動だけでは、この二つはまだ区別できない。
インタビューの研究者たちは、論文より大胆だ。イソラにとってEkoは「一種の動物だが、異星の動物」だという。共著者のダニエラ・ラスは、「遊び」という言葉が合う理由をこう説明する。遊びとは「好奇心や新奇さを求める行動のことで、Ekoがやっているのはまさにそれだ」
教科書の代わりの子供時代
今のモデルは、ほとんどが課題で訓練されている。どの問いにも正解があり、当てれば報酬がもらえる。著者たちは別の道を提案する。動物や子供は、目的もなく遊ぶことで世界を知り、その知識をあとで役立てる。島では、ニューラルネットワーク自体にひとつも手を加えなくても、それがうまくいった。
自由には監督が要る。著者たちもそうはっきり書いている。遊びは自分で目標を決めるので、従順さとぶつかりかねない。論文の言葉では、「道路を走る車や工場のロボットは、即興をする場所ではない」。エージェントが自由に探索してよいのは、状況が許すときだけで、それ以外は指示に厳密に従うべきだ。だから著者はこう書く。「子供と同じように、エージェントにも、安全に探索できる遊び場が必要だ」。論文は次の一文で終わる。「課題で教えるのがいちばんいい能力もあるだろう。だが、子供時代に近いものが必要な能力もあるかもしれない」







